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東芝の有価証券報告書には、なぜ監査意見が出ないのか?

はじめに

 2017年7月13日、朝日新聞の朝刊にて、株式会社東芝(以下、東芝)の2017年3月期に係る有価証券報告書について、PwCあらた監査法人が監査意見を表明しないことがわかった、との報道がなされました。東芝はこれを受け、「監査手続に関する一部報道について」と題するプレスリリースを行い、報道内容を以下のように否定しています。

本日の朝日新聞において、「東芝の2017年3月期の有価証券報告書について監査を担当するPwCあらた監査法人が、監査意見を表明しない旨を東芝に対して伝えた」との報道がなされましたが、そうした事実はございませんので、お知らせします。

 上記報道の事実関係についてはともかく、東芝の2017年3月期に係る有価証券報告書に対し、PwCあらた監査法人が最終的にどのような判断を行うのかは興味深いところです。

 なお、2017年3月期第3四半期に係る四半期レビューにおいて、PwCあらた監査法人東芝の四半期報告書に対し、「結論の不表明」とする四半期レビュー報告書を提出しています。そして2017年3月31日、東芝は年度の決算を迎えますが、この記事を書いている段階ではPwCあらた監査法人東芝有価証券報告書に対して監査報告書の提出を行っていません。そこでついに本題、「東芝の財務諸表にはなぜ監査意見が出ないのか?」

 

前提の整理

 まずは前提の整理から。

 東芝に限らず、いわゆる上場会社には有価証券報告書(以下、有報)と呼ばれる書類の提出義務があり、これには公認会計士又は監査法人による監査証明を受けることが求められています*1

 有報提出会社は、原則として決算日後3か月以内に有報を提出することとされており、例えば、3月末日を決算日とする会社であれば、6月末日が提出期限となります。なお、会社法の要請により、会社はその事業年度の末日から3か月以内に株主総会を招集する必要があることから、実務としては株主総会の開催が集中する6月中旬~下旬頃に、株主総会に先立って有報の提出が行われるのが一般的です。

 有報の中の「経理の状況」と呼ばれる個所には、企業の財務諸表が記載されます。どの企業の有報であっても、財務諸表は2年分が並記されていますが、これを比較情報と呼びます。また、日本の監査制度上、この比較情報は当期の財務諸表の一部とされ、監査意見の対象となります。もってまわった表現ですが、要するに、今年度の財務諸表はもちろん、(並記された)前年度の財務諸表についても正しい、という心証を得られない場合、監査意見を表明してはいけいことになっています。

 

事実の整理

 引き続き、事実の整理に移ります。

 

事実① 経緯

 東芝のいわゆる「不適切会計」に端を発する会計・監査を巡る議論には実に様々な論点がありますが、あくまで「2017年3月期の有報に監査意見が出ないのはなぜか?」に焦点を当てた場合に重要となる事実は次にあげる項目でしょう。なお、各イベントの内容も当然重要なのですが、最終的に最も重要なのはそのイベントの発生タイミングであると考えます。

 

2015年12月31日東芝の米国子会社であるウェスチングハウス・エレクトリック・カンパニー(以下、WEC)が、原子力設備の建設等を行うCB&Iストーン・アンド・ウェブスター社(以下、S&W)を買収を行う。

2016年6月22日、2016年3月期に係る有報を提出。東芝の当時の監査人である新日本有限責任監査法人は、同有報対し無限定適正意見*2を表明。

2016年12月27日、WECによるS&Wの買収から、巨額の損失が生じる可能性がある旨の東芝のプレスリリースが公表される。

2017年4月11日東芝は、WECによるS&Wの買収から生じた7,125億円の損失を計上した四半期報告書を提出しましたが、これに対しPwCあらた監査法人は当該四半期報告書に対して「結論を表明しない」旨の四半期レビュー報告書を提出。

 

 上記4つのイベントについて、重要なポイントをさらにまとめると次の通りです。

①WECによるS&Wの買収自体は2016年3月期に行われたが、2016年3月期の有報においては当該買収から生じる損失は計上されていなかった。

東芝は、上記買収が行われた翌期である2017年3月期(の第3四半期)に、当該買収から生じる損失を計上した。

 

 以上で整理した時系列に加え、3点ほど検討材料を追加します。

 

事実② 『会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準』の存在

 突然テクニカルな話題になりました。順を追って説明しましょう。

 まず、上場企業は財務諸表を作成し、有価証券報告書に財務諸表を記載しなければなりません。ここで、財務諸表を各企業が思い思いの方法で作成してしまっては、作成される財務諸表の情報としての価値は大きく制限されてしまいます。そこで、企業は財務諸表を作成するにあたり、一定のルールを守ることが求められますが、そのルールのことを会計基準と呼びます。

 会計基準には様々なものがありますが、『会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準』(以下、変更訂正会計基準)もその一つです。

 前述のとおり、企業は会計基準に従って財務諸表の作成を行う必要がありますが、時には財務諸表の誤謬*3に(監査法人も)気づかないまま財務諸表が公表されてしまうことがあります。そして、翌期になって過年度の財務諸表に誤りがあったことが判明した場合に、どのような処理を行うべきかを定めているのが変更訂正会計基準になります。

 そして、変更訂正会計基準は、過年度の財務諸表の誤りが判明した場合は、過年度の財務諸表に遡って修正を行うことを要請しています。例えば、本来は2016年3月期の売上高1億円が、なんらかの理由で計上漏れとなってしまった場合、この1億円を2017年3月期の売上に含めてしまうのではなく、2016年3月期の財務諸表に遡って修正する必要があります。

 

事実③ 上場廃止基準の存在

 一口に上場企業といっても、株式を公開している市場によっていくつかの区分に分類されます。わかりやすいの は東証一部、あるいは東証二部と呼ばれる市場であり、誰もが知っているような大企業は大抵の場合どちらかに属しています。マザーズ、JASDAQといった 単語を聞いたことのある人も多いかと思いますが、これらも株式市場の一つになります。

 各市場においては、株式市場の健全性を担保する観点から、上場廃止基準というものを定めています。これらは上場企業が上場を継続するにあたりクリアすべき基準になります。具体的な内容については日本取引所グループのHPhttp://www.jpx.co.jp/equities/listing/delisting/)を参照していただくとして、その中でも今回の検討にあたり重要な規定を1つ紹介しましょう。東芝東証一部上場企業ですので、東証一部の上場廃止基準から引用します。

債務超過の状態となった場合において、1年以内に債務超過の状態でなくならなかったとき(原則として連結貸借対照表による)

 やや表現が回りくどいですが、要するに、2年間連続して債務超過*4となった場合は、上場廃止規定に抵触しますよ、ということになります。

 

 さて、検討材料も次が最後の1点です。

 

事実④ 東芝の純資産額

 2016年3月期有価証券報告書に掲載された連結貸借対照表上、東芝の純資産額は6,722億円となります。一方、2017年3月期有価証券報告書は公表されていませんが、2017年5月15日、東芝は「2016年度通期業績見通しに関するお知らせ」として独自に業績の開示を行いました。そこで公表された純資産額はマイナスの2,600億円でした。

 

 そろそろこの記事の行き着く先が見えている方もいるかもしれませんが、次に進みましょう。

 

東芝有価証券報告書には、なぜ監査意見が出ないのか?

 ようやく当初の問いにもどりました。東芝の監査を担当する監査法人PwCあらた監査法人は、東芝の2017年3月期第3四半期に係る四半期報告書について、結論を表明しないとする四半期レビュー報告書を提出しました。四半期レビュー報告書のうち、「結論の不表明の根拠」から一部を引用します。

継続中の評価の対象事項には、注記19.企業結合に記載されている、2016年度第3四半期末における四半期連結貸借対照表計上額495,859百万円の前提となる取得日現在の公正価値635,763百万円の工事損失引当金について、当該損失を認識すべき時期がいつであったかを判断するための調査に対する当監査法人の評価も含まれている。また、その他にも当監査法人の評価が終了していない調査事項があり、これらの影響についても、確定できていない。

 

 これがどのような内容を指しているかを見てみましょう。ここで触れられている損失については、公表されている事実関係、四半期レビュー報告書の他の記載からみて、「事実の整理」の事実①で示したWECによるS&Wの買収から生じた7,125億円の損失(の一部)を指していると考えて差支えないでしょう。

 また、引用個所の後半では、その損失がいつ発生したのかについて客観的な判断ができない、したがって、結論を表明しない、という構成になっています。

 要するに、PwCあらた監査法人の立場からは「WECによるS&Wの買収は2016年3月期に行われたのだから、その損失は2016年3月期に認識すべきものではないのか?」という観点から検討をしたところ、なんらかの理由で確証が得られなかった、という風に考えるべきでしょう。

 この点、東芝の立場からは簡単に認めるわけにはいきません。もしこの7,125億円の損失を2017年3月期に計上するのは誤りであり、2016年3月期の損失である、ということになるとどうなるか。事実②の変更訂正会計基準に従い、2016年3月期の財務諸表を修正する必要が出てきます。次は事実④、今のところ東芝の2016年3月期の純資産額は6,722億円ですが、もしこの損失が2016年3月期の損失だということになると、純資産額は一気にマイナス403億円になります。そこで事実③、この場合、東芝の2016年3月期および2017年3月期の純資産額は共にマイナス、すなわち、2年間継続して債務超過ということになり、上場廃止基準に抵触することになります。

 PwCあらた監査法人の立場としてはどうかというと、2017年3月期第3四半期において、「損失の時期」について心証を得られなかったことを根拠として結論の不表明に至ったことから、状況に進展がない場合は、2017年3月期の期末監査においても、同様の理由で意見不表明とせざるを得ないと考えている可能性は非常に高いです。

 東芝監査法人、両社の協力が万全にならないのは、以上のような状況にあるからではないでしょうか。また、「意見不表明」かつ一定の場合についても上場廃止基準に該当します。つまり東芝としては、監査法人の言い分を認めても認めなくても上場廃止基準へ抵触する可能性が高い、という板挟みの状況にあると思われます。

 特例により有報の提出期限を延長している東芝ですが、延長された提出期限についても8月10日と迫りつつあります。結果としてどのような結末を迎えるか、注意深く見守ることとします。

 

※本記事は筆者個人による推測を多分に含みます。また、説明の簡略化のために専門用語の細かい定義・使い分けについては、あえて厳密さを欠く表現にしている個所もありますのでご注意ください。

*1:正確には監査証明の対象となるのは有報の一部のみになりますが、ここでは詳細は省きます。

*2:監査意見の累計のうち、公表された財務諸表は適切に作成されていると認める、との意見になります。監査報告書の文言については細かい定義がありますが、ざっくりいって「有報に掲載された財務諸表について、重要な間違いはないことを確認しました」という意味だと理解していただいて差支えありません。

*3:「誤謬」には意図的なものと意図的でないものを含みます。ざっくりいえば、不正により正しい情報が記載されていない場合と、単なる誤りにより正しい情報が記載されていない場合があり得ますが、「誤謬」とはいずれの場合も含む概念です。

*4:企業の貸借対照表において、純資産がマイナス、すなわち、資産の金額 < 負債の金額となっている状況を指します。